今年も残すところ1ヶ月です。
この仕事について、毎年思うこと
『え? 12月? マジで?
桜咲いたの見た?
っというか、私、ここにいました?』
という、どーでもいいクダリを
毎年言っています。
当然、今年も同じクダリを言っていましたぁ〜🤭
【価値観】
親子、兄弟、親族内での価値観の相違。
ケアマネジャーは、時に
そういった家族間の最終的価値観にまでも、
調整を図っていく。。。
今月、ふくまる🦉が、関わった利用者Hさんが、
ご逝去されました。
今年の6月から関わった方でした。
今年の3月までHさんは、約2年間、自身の奥さんの介護をしていました。
しかし、奥さんの介護量が増えてきたことで
奥さんは特別養護老人ホームへ入所。
奥さんの入所後、ご主人であるHさんは、徐々に心身機能の低下が現れ、
受診へ行く道中で、転倒。
何度か救急搬送されていました。
そこで、
ふくまる🦉が、かかわることとなるわけです。
Hさん宅へご訪問し、始めてお会いした時
驚きました。
今は、お店は閉めてしまいましたが、
長い間、地元で、愛されていた商店の方だったからです。
小学校の社会科見学でも訪れるような商店で働く
気のいいいおじさん。
Hさんと、関わり始めた当初は
支援介入に拒否がありました。
しかし、
なんとか、ヘルパーさん導入には同意してくれて、、、。
1人暮らしだった為、支援拡充は必要でしたが、
本人が、支援介入に拒否的な為
そこは、無理はできない。
少しづつ、介護保険の支援に慣れて頂くことから、
始まりました。
その為、
デイサービス利用に繋げるには、
少し時間がかかりました。
長男さんは、同区内で生活。
会社経営をする忙しい傍ら
Hさんの食事の準備
身の回りのことを手伝いに
毎日自宅に来ています。
車で2時間ほど離れたところに、長女さんがいます。長女さんも仕事をしながら、月に数回は父であるHさんのところへ来たり、入所中のお母様のお見舞いをしていました。
Hさんの状態は、よくありませんでした。
長男さんが自宅に来ると、トイレ、風呂場、自室、廊下は便まみれの状態。
ご家族は、本当に大変だったと思います。
ふくまる🦉としては、この状況を踏まえ、
平日の日中は、出来る限り
デイサービス利用をすることを薦めていました。
ようやくデイサービス利用に向けて動き出し
長男さんが、Hさんと一緒に見学。
利用スタートと、なりました。
利用開始後は、全く拒否なく
利用することができ、ほっとする反面、
長男さんが、夕飯の準備で自宅に来ると
家の中は、便で汚れている。
そんな日々が続いていました。
認知機能の低下、
自宅で転倒も繰り返し、体はあざだらけ。
ふくまる🦉は、
自宅に1人でいる時間を、極力すくなくする方向で、舵をきるような支援を提案。
①ショートステイ導入。
→これは、帰宅願望が強く、施設では対応しきれないとのことで、利用後すぐに中止。
②デイサービス利用回数増回
慣れ始めたRデイサービスは、
空きの状況的に、
利用回数増回は週3日が限度。
ふくまる🦉は、違うデイを提案しました。
改めて、何か所かデイ見学へ行くことに。。。
しかし
長男さんは、新たな提案先のデイサービスは、
どこも納得できず。。。
結局
これまで通っているデイサービスでの
現状維持が続きます。
その間、
長男さんから、日々、排泄等で大変になってきている介護状況を聞くと、
🦉 『1日も早く、なんとかしてあげないと。
家族の中で、急な《限界点》がきてしまわな いよう、早くしないと。』と。
介護支援の提案と共に、
認知症外来の受診も薦めました。
しかし、受診に関して
長男さん
『本人に治す気がないんだから、病院へ行ったて仕方ない。それに認知症は治らないんでしょ
親父が倒れるか、僕が倒れるか、やれるところまで、やります』
そういい、病院への受診に関しては首を縦には振ってくれませんでした。
長女さんからも 受診の話しを薦めていました。
しかし、長男さんは同様の返答。
長女さんからは、『私(長女)が病院へつれていくよ』と言っても、長男さんは先程の言葉を繰り返すばかり…
長女さん『弟が、父を、認知症外来で診てもらうことに納得しない。困りました。。。』
と🦉に連絡が入ります。
長女さん『日頃、父の面倒を見ているのは弟です。私が、たまに行って、あーしたら。こーしたら?っていわれるのが、嫌なんでしょうね。』
と、とても悲しい表情を浮かべ
つらい胸のうちを話していました。
少しずつ、でも確実に
Hさんの、状態は悪化してい増田。
せん妄、暴言。排泄。
夜中になると、探し物。
家の中は、泥棒に入られたように乱雑な状態に
なっていました。
しかし
長男さんとは、
認知症外来への受診の話しは進みませんでした。
つづく、、、、